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1995年 図們 中朝国境を渡るミカイ型③

これが1995年の豆満江橋梁の姿。

1995年2月26日 南陽国境線図們~南陽 ミカイ
 
そしてこれが1934年ごろ、開業初期の姿。

昭和9年12月号汽車時間表より。
 
南陽国境線の開通は1933年。
汽車時間表の解説にはこのように書いてありました。
「國際鐵橋(圖們江)北鮮鐵道圖們驛下車
滿洲國京圖線と朝鮮の北鮮鐵道との連絡は久しきに亙り日鮮滿交通の主要經路として渇望されてゐたが、昨年十月この圖們江鐵橋が架設されて完全に日滿が結び付けられた。之に依って日滿經済、産業及軍事上に裨益する處が多大であらう。」
 
この文章にもあるように、新京と太平洋を最短で結ぶ路線は、
相当期待されて建設されたのではないかと思います。
 
あらためて戦前と1995年の写真を見比べてみます。
町は当時より開発されていますが、後ろの山並みは変わっていません。
国破れて山河あり、を実感させられます。
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コメント

No title

当時の日本の技術力は凄いですね~。 1995年で62年を経過 (今年で81年) していますが、シッカリした橋はビクともしていませんね。
現在でも使用されていますし・・・
現代の建築構造物ではこんなに永く持たないでしょうね~

中共や韓国・朝鮮では日本は嫌われていますが、現存する日本が建設した建築構造物は日本からの素晴らしいプレゼントですね~

ナイス

No title

鶴見陶苑 (d & p)様

手元の情報でははっきりしないのですが、この橋はもしかすると日本軍が撤退するときに爆破したあとの再建かもしれません。
いずれにしても現代の中国の建築だったらそんなに長くもたないのも確かでしょうが。

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●kuromaru

Author:●kuromaru
興味の対象が国内鉄→海外鉄→保存鉄と移り変わってきました。
蒸機が好き。高いところが好き。俯瞰写真が好きですが、最近は保存車両巡りばかりです。

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